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2005.03.17

「87%−私の5年生存率」第10回

ミウミウ的感想・・・momo02

   870316

陽平が聖和医大の記者会見に現れ、過去を全て話した2年後・・・。
晶子は、”よつば生保”で、生保レディーをしていました。とある会社で営業をしていると、そこに弓子と真奈美が現れ、お互いに驚くのでした・・・。
3人は久しぶりに昼食を食べるのですが、晶子は食欲がないと言ってあまり食べないのでした。すると弓子が「ダメヨ。多少食欲がなくったって、とにかく規則正しくバランス良く食べること。それが黒木先生の最後の言葉でしょ?」と話すのでした。
検査の結果も、転移の兆候もないのだが、気が付くと不安になっている自分がいて、不安になるから食欲がないのか、食欲がないから不安になるのかわからないと話す晶子・・・。下をうつむく晶子に、弓子は「いつも前向きに、ポジティブに・・・それも黒木先生の最後の言葉だったんじゃないの?」と声をかけるのでした。
「そうなんだけど、実際いつも前向きにいるって・・・難しいよ。ちょっと頭痛がするだけで、転移?とか思っちゃうし、軽いぎっくり腰をしただけで、再発?とか思っちゃうし・・・。」と話す晶子・・・。「それでもとにかく、2年間頑張ったじゃない。2年間、何事もなく済んだじゃない・・・。」と話す弓子の言葉に晶子はうなずき、明るさを取り戻すのでした。
晶子はまた生保レディーに戻ったのですね。普通の事務は、やっぱり再就職は厳しかったですか・・・。でも、治療もうまくいっているようで、なによりです(^-^) それにしても、気になっていた腰痛は、ただのぎっくり腰だったのですね。まぁ、転移とかの話しでなくて良かったですけど・・・。(^-^;

2年前、聖和医大で事実を話す陽平−−。
4年前に発見された百合の乳がんは、肝臓にも転移したステージIVの段階で、手術自体、行うべきか否か、非常に判断の難しい状態でした。しかし、百合は、陽平の手による手術を強く希望・・・。手術に対して後ろ向きだった病院側は、当時、正十郎(細川俊之)の製薬会社と共同で研究開発中だった新しい麻酔薬を使用することを条件に手術を許可しました。 そして百合は、自分の手術が少しでも、これからの医療の発展のプラスになるのであればと、新薬使用を了承し、手術が行われたのでした・・・。手術はミスもなく順調に進行。ところが、何万人に一人という極めて低い確率で起きる悪性高熱による合併症が発生してしまい、百合は急死・・・。
善後策を考えた陽平ら3人は、医局長、正十郎と相談の上、百合の死は、新薬開発機関への報告のみとし、事故の隠蔽を謀ったのでした・・・。百合の悪性高熱は、あくまで非常に不運なレアケースだった為、それをスキャンダラスに扱われ、新薬の治験に対する偏見が助長されたり、それによって臨床に必要なデータが集まらず、結果、これからこの薬によって救われるであろう、多くの患者さん達の可能性を奪ってしまってはならないというのが、その決断の理由だと話すのでした・・・。
ハイレンは、百合の事例を元に詳細に分析され、更なる改良が施されました・・・。現在、新型のハイレンα は、広く全国の病院で使用され、多くの患者さんの手術をより安全なものにしていると話す陽平は、「みなさん、妻の死を忘れないでください・・・。彼女は、私の妻は・・・医学の発展に、寄与した者の一人です。」と言葉を閉じるのでした。
記者に、医師免許の剥奪は覚悟の上でしょうね?と問われ、陽平は杉山と顔を見合わせ、「私達は、いかなる処分も受ける覚悟でいます・・・。」と答えるのでした・・・。
正十郎は、製薬会社の人間だったんですね・・・。だから、この薬のせいで娘が実験台になり、運悪く亡くなってしまった事に関して、陽平を責めたりせず、娘が亡くなった今でも、陽平の事を心配していたのですね・・・。そこに繋がりがあったとは・・・。

晶子は会見の行われている、聖和医大に向かいました。そこで外に出て記者に囲まれる陽平に会いました。二人は場所を移し、公園で話をするのでした・・・。
晶子は、陽平が医師免許を剥奪されるのかという事を心配していました。陽平は、それは分からないが、医師の資格がなくなってしまったら、晶子と一緒にガンと闘うことが出来なくなると話すのでした。そう言う陽平に晶子は、「一緒に闘って欲しいです・・・。お医者さんでなくても・・・。」とつぶやくのでした。
晶子の本音が出ましたね・・・。医者じゃなくても一緒に闘って欲しい、側にいて欲しい・・・という気持ちが。この言葉は、陽平は聞いていなかったのですが、もし聞こえていたとしたら、どう答えてくれたんでしょう・・・。

やがて、陽平、杉山、江梨子の3人の医師免許を剥奪するか否かを審査する会議が開かれました。大多数の意見は、免許剥奪することに賛成・・・。しかし、会議に出席していた寅蔵は、私利私欲のためではなく、多くの患者を救うために虚偽の報告をしたこと、この事故がきっかけで、新薬に改良が施されて、現在、多くの病院で使用されていることなどを訴え、3人に対する寛大な処分を求めるのでした・・・。
会議の結果が気になる陽平は、その会議が行われた建物に行き、寅蔵を待っていました。寅蔵は陽平の姿を見ると、笑顔でVサインをし「V、V!・・2年間の医業停止。まぁ、それくらいは、仕方ないか・・・。」と話すのでした。それを聞いた陽平は、医者を続けられると喜ぶのでした。そこへ江梨子が現れました・・・。
自分を責めて欲しいと言う江梨子・・・。寅蔵は「人に頼って、楽になろうとしちゃぁいかんですよ・・・。あなた、もっと苦しんだほうがいい。すぐに立ち直れないって事は、それだけあなたが命の事を大切に考えているからです。だから、もっともっともっと、もっと苦しんだらきっと・・・ね。」と言って江梨子の肩を叩くのでした・・・。
陽平は「江梨子は・・・、江梨子の自由にした方がいいと思う・・・。でも、俺の希望をそっとひとり言で言わせて貰うとしたら・・・江梨子にも、出来れば医者を続けて欲しいと思う。どんな形でも・・・。」と言うのでした・・・。
またまた寅蔵は良い事を言ってくれます・・・。人に責められる事で、楽になろうと考えている江梨子・・・これを機に目を覚まして欲しいですよね。

陽平と寅蔵が宇月医院に戻ると、薫や他の看護師2名も残っていました・・・。2年間の医業停止で済んだ事に礼を言う薫は、寅蔵に3人からだと言って、誕生日プレゼントを渡すのでした。それは"眼鏡"でした・・・。
陽平がいなくなる2年間は、寅蔵しかいないのだから頑張ってもらわないと・・・と薫は言うのでした。「ご迷惑おかけします・・・。」と陽平も頭を下げるのでした。寅蔵は貰った眼鏡をさっそくかけ、喜ぶのでした・・。
ずーっと探していた眼鏡は、本当に見つからなかったんですね(^-^; でも、これで眼鏡がないからと逃げること出来ないですね(笑)

正十郎と友恵が、百合の墓参りに来ました・・・。そこには既に花が手向けられていました。正十郎は、陽平が旅立つ前に墓に来たのだねぇと友恵に話すのでした。友恵は正十郎に、百合は幸せだったのかしらと問うのでした。正十郎は、「幸せだったさぁ・・・。人生の良し悪しは、長さだけで決まる訳じゃない。」と答えるのでした。友恵は正十郎に、ありがとうと何度も言うのでした・・・。

一方、陽平と杉山は、カンボジアの災害支援に行く事になりました・・・。空港に見送りに行く、晶子・蒼太・三沢・・・。
そして陽平は晶子に「小谷さん、いつも前向きに、ポジティブに・・・自分は大丈夫なんだって信じる事。ストレスは溜めない事。夜は早く寝て、多少食欲がないときでも・・・とにかく、規則正しくバランス良く食べること!」と言葉を残すのでした・・・。
晶子は、陽平に「たった2年です・・・。私はこの先、ずっと闘い続けるんです・・・。5年先も10年先も・・・30年、40年、50年60年・・・ずっとずっと・・・あれ?平均寿命超えてる・・・。」と笑う晶子・・・。「だから戻ってきてください。2年経ったら、必ず戻ってきてください。・・・それまで私、待ってますから。ちゃんと生きて待ってますから。」と話す晶子に、陽平は「当たり前です・・・。」と答えるのでした。
「じゃあ、行って来ます」と言って、陽平達は旅立つのでした・・・・。

それから晶子は一生懸命、生保のセールスを頑張りました・・・。
━私は決して忘れない・・・。病気になった時の不安と悲しみを・・・。でも病気になったからこそ、気づけたこともある。病気になったからこそ、出会えた人達がいる・・・。私は、ガンになった事を嘆くだけの人生は、送りたくない・・・。前向きに一歩ずつ、歩いて行きたい・・・。だって、未来なんて、誰にも予想が出来ない事だもの。━

ある日、偶然本屋で剣崎に出会いました・・・。喫茶店に入り、話をする二人・・・・。
生保レディーをまたやっていると話す晶子・・・。剣崎は体を心配すると、晶子は大丈夫だと話すのでした。
コーヒーを飲む二人・・・。「うまい・・・。」「ん・・・ほんとだ」そして笑いあう二人。すると晶子は剣崎に「今の私は、コーヒーを美味しいと感じる、心のゆとりがあります・・・。」と昔剣崎が言った言葉を思い出し、話すのでした。
「小谷さん、その事はもう・・・。」と照れる剣崎・・・。晶子は笑いながら「今、とっても穏やかで、普通の毎日を過しているんです・・・。こんな風に1日1日を積み重ねて行くうちに、いつか絶対、再発なんてしないような特効薬が作られるかもしれない、新しい治療法が、開発されるかもしれない・・・。そんな希望を持ったりしています。」と話すのでした。
すると剣崎は「そうですね・・・。未承認だった抗がん剤についても、どんどん臨床治験が進められているようですし・・・。」と話すのでした。晶子はそんな事を知っている剣崎に驚くと、剣崎は慌てて、ニュースでチラっと・・・と話すのでした。二人は笑いながら楽しくコーヒーを飲むのでした・・・。
剣崎も、晶子に事実を聞かされてから、病気の事が気になって、いろいろ調べたのでしょうね・・・。ほんといい人です。振られても、晶子には元気で幸せになって欲しいと願っているんだなぁ・・・と感じました。

春になり、周りもいろいろ変わってきています・・・。宇月医院は、患者が少ないながらも寅蔵が頑張っているし、三沢も薫も一人前に手術を行えるようになりました・・・。
そして黒木家のでは、友恵に笑顔が戻ってきていました・・・。蒼太は相変わらず黒木家にお邪魔しているようです・・・(^-^;
江梨子は医者に戻り、インフルエンザの予防接種などの治療をしていました・・・。その表情は生き生きしていました・・・。

蒼太も中学へ入学する年になりました・・・。入学式の朝、晶子は蒼太に病気の事を告白しようとすると、蒼太は知っていたと言うのでした。晶子が何も言わなかったから、あんまり知られたくないのかと思って、知らんふりしていたと言うのです・・・。それを聞き驚く晶子・・・。
出かけに「母ちゃん、今日も検査あんだろ?頑張れよ。」と言うのでした。晶子の目には嬉し涙が光っていました・・・。
晶子が宇月医院に検診に行くと、寅蔵・薫・三沢・看護師達がみんなが揃い「お待ちしてました!」と晶子を出迎えるのでした。晶子は訳も判らずにいると、薫にとにかく診察室にどうぞと言われるのでした・・・。三沢が「主治医の先生が、お待ちです・・・。」と言い、晶子はやっとその意味を理解するのでした。
緊張して、診察室に入ると、そこには陽平が待っていました・・・。「おかえりなさい・・・。」「ただいま・・・。約束どおり帰って来ました。」「・・・約束どおり、生きていました。」と晶子も答えるのでした。「また一緒にがんばりましょう・・・。」と陽平が言うと、晶子も笑顔で「はい。」と答えるのでした・・・。

蒼太がちゃんと晶子の病気のことを知っていたなんて、しかもちゃんと晶子の気持ちを考えた上で、知らんふりまでしててくれたなんて聞いて、晶子は息子の成長ぶりを知ってものすごく嬉しかったでしょうね・・・。私も思わず目がうるうるしてしまいました。
友恵も娘の死をちゃんと受け入れられたようで、良かったです・・・。以前は家でも表情のない顔と話し方で、すごく怖かったけど、今ではやさしいおばさんに戻っていました。きっと今でも蒼太が、癒してくれているのでしょう(^-^)
2年間、時々へこんだりしながらも、でもそれでも前向きに、必死で生きてきた晶子・・・。なんとか陽平のいない2年を乗り越え、ついに陽平が帰ってきました。晶子にとって、不安の日々はまだまだずっと続くのでしょうけれど、これからはまた陽平がついていてくれるので、心強いですよね!「前向きに一歩ずつ、歩いて行きたい・・・だって、未来なんて、誰にも予想が出来ない事だもの。」と言った晶子の言葉、なんだかジンときました・・・。

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コメント

wakatokiです。
ミウミウさん、ごぶさたしましたね。
今日、福岡で大地震があったのです。
今までこういう経験がなく、他人事だったのですが。
やはり自分に降りかかってこないと、わからないものです。
病気もそうではないでしょうか?
大病を患ったことがないのです。
「前向きに」とか「がんばる」とか。
口で言うのはたやすいのですが。
実際、自分がそういう立場になったとき、対処できるかどうか考えますね。
ちなみに地震の時、部屋にいたのですが。
とっさの行動は、このPCを抱いて守ることでした。
本当は大事な人だと、ドラマティックなのですが...残念?

投稿: wakatoki | 2005.03.20 18:11

wakatokiさん、こんばんわ(^-^)

確かに「前向きに」「頑張って」などとたやすく人は口にしますが、頑張る方は大変ですよね・・・。確かに難しい事だと思います・・・。
でも、出来るだけ「前向き」な気持ちは持てるようになれるといいですよね。
「病は気から」という言葉があるように、そんな気持ちが免疫力をあげてくれるのだと思いますから・・・。

wakatokiさんは、福岡なんですか!?
地震は大変でしたね・・・。ケガとかしなかったですか?
こんな時、すぐに「救命~」のドラマの事を思い出してしまいます・・・。
被災された方々のお見舞いを申し上げます・・・。

投稿: ミウミウ@管理人 | 2005.03.21 00:46

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